痒みと痛み そのメカニズムの違いについて
投稿日: 2022年09月01日
痒みは皮膚と粘膜の一部におこります。「痒いところに手が届く」というたとえがありますが、まさに、食道や胃など、手の届かないところに痒みは起こりません。今回は、痛みと対比しながら、近年になって明らかになったといわれる、痒みの生理学的メカニズムを解説しましょう。
痒みや痛み:神経の違い
皮膚は刺激を受けるとその情報を脳に伝え、脳からさまざまな指令が下りてきます。こうした情報伝達を担っているのが「神経(線維)」で、皮膚からの情報を脳に伝えるのは「知覚神経」、脳からの指令を伝えるのは「運動神経」と呼ばれています。つまり、痒みや痛みといった皮膚で起こった不快なできごとを脳に伝えるのは知覚神経で、皮膚感覚の伝達にはそれぞれ太さの異なる3種類の神経線維が使用されています。
一番太いAβ(えーベータ)は5~12マイクロメートル、その次のAδ(エーデルタ)は1~15マイクロメートル、一番細いCは1マイクロメートル以下で、太いほど早く伝わる特性があります。そして、この3種類のうち、皮膚に触られているとか、押されているといった感覚の「皮膚触圧覚」は、一番太いAβが使われ、痛みにはAδとCが、痒みにはCが使われています。また、痛みには鋭い痛みと鈍い痛みがありますが、Aδは部位がはっきりとした鋭い痛みを、Cは内臓痛や鈍痛を伝えています。
このように、痛みと痒みとは、Cという同じ神経線維を共有しながら、全体としては別の経路を使って刺激を脳に伝えていくのです。このため、鈍痛や痒みのようなC神経を伝わっていく感覚は、じわじわゆっくりと伝わっていく性質があります。また、たとえば、刃物で手を切った時のように、痛みを感じると同時に、とっさに身を引くといった「脊椎反射(せきついはんしゃ)」も起こりません。脊椎反射の起こる神経線維はAのほうだからです。このため、いわば痛みの鋭さに対して、痒みは“トロい”ともいわれています。
痒みや痛み:原因物質や脳内における反応の違い
痒みの生理的な原因物質は「ヒスタミン」が主です。これに対して、痛みの原因物質には「ブラジギニン」「プロスタグランジン」「サブスタンスP」「アセチルコリン」「カプサイシン」などいくつかあります。この点でも、痒みと痛みが異なった性質であることがわかります。
さらに脳内においても、痒みを与えると痛みには反応しない「頭頂葉内側部けつ前部」が反応していることも分かったそうです。痛みのほうは大脳の「二次体性感覚野」が反応していることは知られていましたから、大脳生理学的にも、痒みと痛みとは異なった脳内ネットワークに属していることが最近、判明したそうです。
こうやって比較をすると、痛みはさまざまなチャンネルをもって痛みに対してすぐに反応できるよう、それによって生命の危機を回避していくよう進化しているのに比べて、痒みはあまり研ぎ澄まされていない、専門家曰く「おっとりした感覚」ともみなされるような特徴をもっていることが分かってきますね。
<執筆者プロフィール>
井上 愛子(いのうえ・あいこ)
保健師・助産師・看護師・保育士。株式会社Mocosuku社員、産業保健(働く人の健康管理)のベテラン