看護師のいじめ、その原因にはなにが? 対策はある?
投稿日: 2019年01月28日
最終更新日: 2023年11月27日
執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)
医療監修:株式会社とらうべ
病院などの医療施設、老人ホームなどの介護施設、どちらにも看護師がいます。
日本看護協会によると、2016年の統計では約166万人の看護師がさまざまな施設で働いているとのこと。
しかし、病院看護実態調査では、2016年度の離職率は、常勤10.9%、新卒7.8%という報告もなされています。
この中には、いじめなど人間関係の問題や最近の急速な技術革新から「自分に看護は向いていない」と判断する、などのケースも少なくないと想像されます。
ここでは、看護師のいじめの問題を考察してみたいと思います。
【参考】
・日本看護協会 看護統計資料室
・日本看護協会 2016年「病院看護実態調査」結果速報
このページの目次
いじめの定義:文科省と厚労省
いじめの定義は変わってきています。
そこで、学校でのいじめを専門に管理する文科省と、医療を管轄する厚労省を比較して、それぞれ「いじめ」がどのように定義されているか再確認しておきましょう。
〇 文部科学省(平成18年度からの定義:最新)
個々の行為が「いじめ」にあたるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。
「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
【参考】文部科学省「いじめの定義の変遷」
〇 厚生労働省(2012年(平成24年)第6回職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告より)
職場のいじめ・嫌がらせを指して「パワーハラスメント」とする呼び方も広がっている。
―中略―
本報告書では、職場のいじめ・嫌がらせを、上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間などで行われるものも含めて、「パワーハラスメント」と表記する。
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内で優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
【参考】厚生労働省 資料
一定の人間関係がある中で、他者から身体的・精神的な攻撃を受けて、本人が苦痛を感じている状態。
これが「いじめ」の共通認識かと思います。
文部科学省は被害者の立場に立つ、という点を強調しています。
一方、厚生労働省は「業務の適正な範囲にとどまっているかそうでないか」が判断基準になると、いじめ(パワハラ)行為を限定しているところが特徴的です。
さらに、職場のパワハラには次のような行為類型も明示されています。
〇 身体的攻撃:暴行や傷害
〇 精神的攻撃:脅迫や名誉棄損、侮辱、ひどい暴言
〇 人間関係の切り離し:隔離や仲間外し、無視
〇 過大な要求:業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
〇 過小な要求:業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと
〇 個の侵害:私的なことに過度に立ち入ること
看護師のいじめ、その実態は?
看護師転職サイトを参照すると、看護師のいじめの実態として、次のようなことが挙げられています。
これらはいじめの実態からみると、氷山の一角に過ぎないでしょう。
〇 人が見ているところで叱責される
・ナースステーションで皆が見ている中、ミスを執拗に責められる
・特定の人だけが先輩や師長から怒鳴られたり、数人かがりで罵声を浴びせられたりする
・患者さんが見ている前で怒鳴られる
〇 新人をいじめる
・先輩からプライバシーを根ほり葉ほり訊かれる
・ミスを大げさに言い立てられ、叱られる
・仕事を教えてもらえず、失敗すると笑いものにされる
〇 仕事を押し付けられる
・チーム全員分の採血やバイタルチェックなどを、特定の人が押し付けられる
〇 盗難や罵倒
・ロッカーから私物が盗まれたり捨てられたりする
・先輩から日常的に、「仕事ができない!」などとどなり声を浴びせられる
〇 無視や陰口
・挨拶や質問をしても無視される
・他職種の人から口をきいてもらえない
・特定の看護師の悪口を言い合う
・何かすると、すぐに悪いうわさを流される
・妊娠して「つわり」がひどいときに、休むな!と言われた
〇 必要な情報がもらえない
・患者や家族などの情報を教えてもらえなかった
・病院のイベント情報を教えてもらえなかった
〇 人格を否定される
・「どういう育ち方をすればこうなるの」「よくあなたのような人と結婚したわね!」など、人格を否定するようなコトバを吐かれる
・何を言っても、「どうせお前の言うことなんか…」と聞いてくれない
〇 本来の仕事をさせてもらえない
・毎日、掃除ばかりさせられる
・医師の家族の洗濯をさせられる
いじめの原因は闇に葬られる?
学校であれ職場であれ、いじめという行為が結果として悲劇的な結末(たとえば、いじめによる自殺)を辿ると、メディアは連日大騒ぎをして取り上げます。
そして、必ずと言ってよいほど、多くの「専門家」や「評論家」たちが登場して、さまざまな原因を挙げています。
しかし、中にはこのことに懐疑的な人もいます。
たとえば、社会学者の内藤朝雄さん(明治大学、准教授)は、いじめ問題が1980年代半ばに社会問題になって以来、折に触れて「識者」が原因を挙げ連ねているが、それらは矛盾していると指摘しています。
たとえば、「人間関係が希薄だからという人と濃密だからという人がいる」、「若い人は幼児的という人と計算高い大人だという人がいる」、「秩序が過重だからいじめが起こったという人と解体しているから起こったという人がいる」、といった具合です。
いじめやそれによる自殺の原因が明らかにならないまま、覆い隠されてしまうこともしばしばあります。
たとえば、学校でのいじめでは、本人が何度もSOSのサインを出していたのに対処せず、自殺後も教育委員会はいじめと認めない、などの事例も少なくありません。
ですから、「心の闇」のような表現が用いられ、いじめの本当の原因は結局うやむやになりやすいのです。
残念なことではありますが、そうした現実を理解しておきましょう。
その上で、看護師のいじめに関してよく挙げられている原因には、次のようなことがあります。
- もともと女性の多い職場なので、人間関係がウエットになりがち
- ハイストレスな職業なので、肉体的・精神的に高いストレスにさらされ続けているため
- 命の危機や時間との戦いがある職種なので、過剰で厳しい指導が許されやすい
- 深刻な人手不足で労働環境が悪いことがギスギスとした雰囲気を作っている
- 介護職と看護職とで反りが合わない…など
また、パワハラというコトバの生みの親となった株式会社クオレ・シー・キューブのサイトには、ハラスメントの発生原因として次の3点が挙げられています。
現代のビジネス環境は不確実性や変動性が激しいため、曖昧で複雑な出来事に柔軟に対応しないと生き残れないといった、環境変化がハラスメントを発生させる
ICTの発達によって便利になった反面、直接のコミュニケーションは希薄になり、メールやインターネット、SNS上のトラブルが増加しハラスメント問題に発展してしまう
企業が必要とする「個人のアイディアや価値観の尊重」と「企業の目標達成に向けた協力体制」という相反する要素の融合がうまくいかずにハラスメントに発展する
【参考】クオレ・シー・キューブ「ハラスメント発生原因は何か」
これらはどのケースにも当てはまる根本原因と言えるかもしれません。
それに加えて、個々の原因はケース・バイ・ケースということになります。
職場や組織、個人、それぞれの立場から問題解決に向けた取り組みを行っていれば良いのですが、必ずしもそうとは言えません。
むしろ反対に、隠ぺいをし続けようとする力が働いてしまう風潮こそが、いじめの原因中の原因と言えるのかもしれません。
いじめへの緊急対応:転職のすすめ
職場や組織といった「中間集団」で一旦いじめが始まると、「中間集団全体主義」がはびこると、先に挙げた内田准教授は指摘しています。
「特定の人をいじめる空気とノリ」がその場を支配して、個人がその空気に同調・服従するように、簡単にノーと言えるような雰囲気ではなくなってしまうというのです。
なおかつ、その場を正そうとする動きがあると、かえってそちらの方が排除の憂き目にあうというケースも少なくありません。
この点はどうしようもないというのが実感ですが、看護師は幸いにして国家資格を取得しているので、その場を離れて別の場で働くことが可能です。
その場合の転職は、緊急避難と、別の場所で働くことを通して自分自身に起こったことや原因を振り返る、という意味を持ちます。
渦中にいると、恐らくそのゆとりは生まれないでしょうから、新たな環境で改めて挑戦し直すことも一つの解決策かと思います。
あかるい職場応援団:パワハラ対策の7か条
厚生労働省では職場のパワハラの予防・解決に向けたパンフレットやリーフレットを作成し、パワハラ対策導入のマニュアルとしています。
さらに、さまざまな事例や取り組み例などを掲載した「パワハラ対策についての総合情報サイト」を立ち上げています。
その名も「あかるい職場応援団」です。
マニュアルの最新版では、次の7つの取り組みの実施が奨励されています。
◎組織のトップがパワハラをなくすことを明確にメッセージとして発する
◎就業規則や予防対策ガイドラインなど、ルールを作成する
◎従業員へのアンケートなどを通して実態の把握に努める
◎研修などを通して脱パワハラ教育を実施する
◎組織の方針や取り組みを周知して、啓発にも努める
◎相談窓口の設置や、対応責任者を決めるなど、対策を組織化する
◎行為者に対して再発防止研修を行うなど、再発防止に努める
【参考】厚生労働省『あかるい職場応援団』
相談をする:独りで抱えこまないこと
以上に示したように、いじめやパワハラの根本的な対策として、まずは職場やチームなどでいじめが起こることは「悪いことだ」というメッセージをトップが明確に示し、いじめを助長する雰囲気や空気をなくしていく必要があります。
それでもいじめが発生した場合は、それを隠ぺいせず明らかにして、再び同じことが起こらないようにする対策も大切です。
「隠ぺい」に至る背景には、組織の側もいじめられた側も、恥ずかしい出来事と捉え隠そうと働く心理があります。
また、明らかにすることを面倒と感じたり、かえって問題を深刻化させてしまうのではないかと危惧したりする場合もあるでしょう。
いずれにしても、独りで抱え込んでしまうと、個人レベルでも組織レベルでも問題の解決に向かわないケースが多いと言えます。
ですから、信頼できる相談相手を確保しておくことが重要です。
できれば、上司やリエゾンナースなどが理想的でしょう。
あるいは、すでに制度が整備されているのであれば、相談窓口担当者に勇気を持って話しましょう。
いじめがきっかけや原因となり、自分は看護師に向いていない、看護師を辞めようなどと思ってしまうのは、たいへん残念なことだと思います。
深刻な人手不足を抱えている看護界。
意欲や熱意、能力や経験のある一人でも多くの人が看護に携わり続けて、この仕事を「こころから誇りに感じる」ことが出来たら、どんなに素晴らしいでしょう。
いじめやハラスメントが優秀な人材を他の業界へリリースしてしまうことは、実にもったいないと痛感します。
看護師といじめ:まとめ
- 2016年度の看護師の離職率は、常勤10.9%、新卒7.8%
- いじめの定義として、文部科学省は加害者の意識でなく、被害者の意識に焦点を当てており、厚生労働省は「業務の適正な範囲にとどまっているかそうでないか」と、いじめ行為を限定している
- 職場のパワハラの行為類型としては、身体的・精神的な攻撃、人間関係の切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害がある
- 看護師のいじめの実態としては、人が見ているところで叱責する、新人をいじめる、盗難や罵倒、無視や陰口、必要な情報を与えない、人格を否定するなどがある
- 看護職のいじめの要因は、人間関係がウエットになりがち、肉体的・精神的に高ストレス、過剰で厳しい指導が許されやすい、労働環境が悪いことで雰囲気がギスギスする、介護職と看護職とで反りが合わないなどがある
- 組織環境の激変、IT化によるコミュニケーション・トラブル、多様な価値観の調整がうまくいかないことなどでハラスメントに発展する
- 緊急避難しつつ振り返りもできるので、転職は一つの解決策
- 厚生労働省では、パワハラ対策の7カ条を出している
- 組織のトップから啓発メッセージを発していくこと、当事者は独りで抱え込まないことが大事
<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長
<監修者プロフィール>
株式会社 とらうべ
医師・助産師・保健師・看護師・管理栄養士・心理学者・精神保健福祉士など専門家により、医療・健康に関連する情報について、信頼性の確認・検証サービスを提供